袖振り合うも多趣味の縁

日々のこと、趣味のこと。言いたいことを、呟かせてください。

ほんとのはなし

 

電車に乗り間違えて、快速で降りたい駅を通り過ぎた。

引き返すべく反対電車に乗ると、これまた快速で元の駅に戻ってきた。

 

……何してんだ私。

 

でも、これはきっと、私が捨てられない現実そのまんまを表してると思った。

何してんだ。

 

 

しあわせとは

 

髪を切った。

女性でありたいと思った。

 

女性であることの幸せは何かと考えた。

答えはまだ分からない。

 

大学の頃から、たまに友人と、「幸せって何なんだろうね」なんて話していたけど、その頃と今も同じ。答えは分からない。

生きてるだけで有り難くて、何もない毎日が幸せだなんて言うのは、あまりにも教科書みたいな答えだと思わないだろうか。

 

社会人になって、仕事柄もあって、様々な方の人生を見させて頂く。

お金があっても、子宝に恵まれても、深い愛情に包まれる家庭があっても、それでも幸せかどうかは、他人には図れない。本人が不幸と感じていることさえある。

長い人生、いつ何が起きてもおかしくないから、何かや誰かによってではなく、自分が自分を幸せにしてあげたいと思う。

 

私の好きな言葉に、「誰かのために、を言い訳にしない」というのがある。

この言葉に出会ったのは私が中学生の頃で、その時は、自分の後悔の念に対する言葉であると解釈していた。

でも、最近になって、これは何事にでも言えることなんだと気が付いた。

 

出来ない理由ややらない理由はどこにでもあって、とても簡単に拾える。でも、出来るようになるための努力や行動する理由を無くさずに持ち続けることは、簡単ではない。

だから、その手に一度は握ったはずの理由を、簡単に拾える理由に持ち替えないでいたい。

 

 

ふと手を開いてみた。

私が握っていたのは、道端の石ころだった。